私が独立して法人を設立することになった理由

みらいラボブログ

こんにちは!株式会社みらいラボラトリー 代表の西田です。

私は、2019年6月に8年間勤めていた会計事務所を退職し、2019年9月に法人設立する運びとなりました。

”起業”というと、出資を集めてプロダクトを作ってIPO目指して上場を目指す!というイメージがありますが、私は今のところその予定はありませんので、どちらかというと”独立開業”というイメージに近いと思います。

今回は、そのご報告とともに、法人設立に至った経緯をお話ししたいと思います。

”経理”という仕事に就いて得たこと

私は小さいころから算数や理科が好きで、特に理科の物理や化学は先生の影響もあり大好きでした。理系の勉強ばかりをしていました。

そんな私は、大学進学も当然のように理系の学部に進学し、化学を専攻していたこともあったので、将来は化学系の職に就くとぼんやりと思っていました。大学3年生になるまでは、「経理」という仕事があることすら知りませんでした。更に、「資格」というものも、運転免許証くらいしか知らなかったくらいです。ただの世間知らずでしたね。

大学3年生になった頃、本当に偶然なのですが、本屋で「まんがで覚える簿記」という本を手に取りました。そこで、「簿記」という資格の存在を知ります。

簿記という資格がこの世に存在することすら知らなかった無知な学生時代、私は簿記を勉強し始めるとこれまで勉強してきた化学という世界も忘れるくらい、どんどんと簿記の楽しさにのめり込んでいきました。

日商簿記2級、日商簿記1級と順に資格を取得していくにつれ、資格を取ることに満足感を得てさらに簿記に没頭していきます。そして、経理職に就職。経理の仕事で生きていくと決意しました。

理系の大学に進学させてもらったのに、結局大学の勉強とは全く違く方向に進んでしまったことは”親不孝”なのかもしれません。

でも、それ以上に「学生時代に自分の進むべき道」を明確に見つけられたことは良かったと思っています。小さい頃から自分の進むべき道を決めてそれに向かって頑張る!というのはとても素晴らしいと思います。でも、なんとなく生きていた自分にとっては、成長するにつれ「このままでも大丈夫だろうか。」とか、「将来どうなるんやろ。」といった不安が付きまとってきていたのは事実です。そんな不安が「まんがで覚える簿記」という本を手に取らせたのかもしれません。

そういう意味では、学生時代に明確に道を見つけることが出来たし、その道が「経理」という仕事だったことが今に繋がっていると思うと、とてもラッキーだったな。と思っています。

転職をする度、会社の”業種”は変わっても”経理”という職種は変わらなかった

最初の就職先は、資格学校の経理事務職への派遣でした。

全国展開している資格学校のひとつの地域校でしたので、経理業務といっても限定的で、すでに仕組みが整っている環境でした。

でも、社会人1年生の自分にとっては全て実務。試験勉強のように与えられた資料を基に経理を行っていくものではなく、現金が合わなかったら調査したり足りない資料があれば問い合わせしたり。。経理事務の基本的なものでしたが”実務”の勉強をさせていただきました。

2年ほど勤めたところで、正社員として就職したいと思い転職。次の会社は、工場の生産管理部で原価計算を任されました。

原価計算も、日商簿記では勉強しましたが、実務としては初めての経験です。

主な仕事は現場作業員の工数管理や、原材料の管理でした。今と違い元資料は全て”手書き”で、その手書き資料をAccessに転記し、製品原価を確定するというものでした。

また、従業員数50名程度の”中小企業の工場”で、文化も独特。この工場では現場社員が「上」で間接部門社員は「下」という上下関係も明確にありました。

現場社員からは、
・生産管理部の手書き資料がメンドクサイ
・生産管理部の作るAccessは使いにくいし、動作が悪い
・生産管理部からの質問に対応するのがウザい
という散々な扱い。工場の文化にも色々あると思いますが、私が勤めた会社はこんな感じでした。

そういった扱いでしたが、私はこの工場で原価計算を経験できたのは良かったと思っています。

経理業務というと、少し現場とは距離があるものですが、この生産管理部の原価管理という仕事は現場により近く、工場現場の仕組みを学べたのが何より収穫でした。

この工場で3年ほど勤めたところで、「改めて本格的に経理実務を経験したい」という思いが強くなり転職。次の会社は、その当時流行っていたいわゆる「ITベンチャー企業」でした。

このITベンチャー企業での経験は私の独立開業の根源となっています。

私が転職したころはまだ社員が10名程度しかおらず、「法人本部」という管理部門に所属しましたが、メンバーは上司と私の2名のみで、あとは全員営業社員という状況。将来上場を考える会社であったため、新卒学生も積極的に採用しているところでした。

私は本業である経理事務以外に、人事・総務系のすべての業務を行いました。
新卒学生の採用会場のセッティングから面談日程の設定、社員の入退社手続き、備品関係の発注手続き、オフィスの引っ越しに関わる折衝なども行いました。

当然ながら経理の業務も行うため、朝早くに出社して帰りは毎日のように終電近くまで残業しているような状況でした。

入社2年目で法人本部の社員も2名から6名ほどに増え、私もマネージャーという役職を与えられ頑張っていましたが、5年目に入ったところで結婚・妻の妊娠を機に実家の富山へ帰省する決意をし、転職することになりました。

ここで私のバックオフィス業務の多くを勉強させていただいたと思っています。

そして、富山にUターンし、会計事務所に入社。8年間富山県内の法人、個人事業主の会計から税務申告まで担当させていただきました。担当のお客様を訪問してお話しする機会を持てたことはとても良い経験になりました。

ここまで、4社転職し、業種も様々でしたが、「経理(および原価計算)」という職種は変わらなかったことで、経理という軸を通して色々なことを学んだと思っています。

”独立”を具体的に意識するようになった経緯

ここまで来ると、「会計事務所で正社員として勤務して、税理士とか目指した方がいいんじゃない?」と思われますよね。私もそう思います。

そんな私がなぜ「独立開業」という選択をしたか。それは、これまでの4社の転職経験の中で共通して思っていた事に繋がります。

一つは、「従(したがう)業員」であるということ。

誰に従うのか?もちろん組織の上司でありトップですよね。お客様ではない。そこにずっと違和感を感じていました。

すべての会社で不満無く勤めさせていただきました。会社に不満があるわけでは全くありません。会社も上司も私を守ってくれていましたし、給料にも不満はありませんでした。しかし、会社という組織の中ではお客様に紹介できるサービスの選択肢が限られることが多々あり、自分で考えたサービスをお客様に選択していただき、もっと直接的にお客様と関わり、喜んでもらいたい。と思うようになりました。

もう一つの理由は、起業する「環境」が整ってきた。ということです。

今や、インターネット環境下で仕事をすることが当たり前の世の中になってきています。クラウドを利用することでサーバーを自社ではなく外部に置いているような状況でもセキュリティレベルは日に日に強化され、更にクラウド環境下でオフィスや工場にいなくても多くの仕事が出来るようになり、更に仕事に役立つ様々なツールが毎日のように誕生している状況です。

しかしながら、この素晴らしい環境になっていることを”知らない”若しくは”知ろうとしない”人はまだまだ沢山いるように思います。
個人ベースで見ると、スマートフォンが今や当たり前のように持っていて、便利なツールを見つけるとダウンロードして利用する。そのような状況であるにも関わらず、いざ仕事となると、「セキュリティは大丈夫なのか?」とか、「変えるとメンドくさいことにならないか?」といって、現状から変わらない。というケースが多くあるように思います。

ここを丁寧に解説し、便利さを体感していただくには、やっぱり”人”と”人”が繋がって理解しながら進めて行くことが非常に重要なのではないか。と思っています。

私の場合は、”経理”という視点にはなりますが、その視点においても”知らない”人が多くいるように実感しているので、経理を通じてその会社に合った便利なツールを導入支援していくことが可能なのではないかと思ったわけです。そういう意味で「環境」が整ってきていると感じています。

まとめ:私が本当にやりたいこと

私は、これまで何度も転職し、業種は違えど経理という業務に携わってきました。役職も頂いて責任ある仕事もさせてもらいました。この経験を通じて、私が今、本当にやりたいことは、私の”経理”の知識や技術、更にこれまで見聞き知ってきた様々な業務効率化のツールや情報を、”知らない”人に伝えたり、直接ご支援させていただくことで、お客様を「笑顔」にしたい。ということです。

この思いは、起業する。と決意して明確になりました。会社員時代は、ずっと”何かが足りない”と思っていましたが、起業してこの思いははっきりと分かるようになりました。

長々と書きましたが、私が起業するに至った経緯を書かせていただきました。

株式会社みらいラボラトリーは、”経理”という業務を通じ、お客様の”シゴト価値創造”を全力でサポートさせていただきます!